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13話 謝罪
俺と茅秋は急いで治療室へ向かった。背中がぱっくりと割れ、重症の紫が担架に載せられて運ばれてきた。意識がない。もし意識があったとしても、使い慣れていない義足では歩いてくることは困難だろう。
こういう時のためなのだろうか。医師免許を首から下げた男性が止血をしようとしている。紫に近付こうとすると、看護師らしき人に止められたが、振り切って近寄って行った。そして、俺は男性に『どいてください。俺がやります』と言って紫に手を添えた。
お願いだ。目を覚ましてくれ。そう願いを込めて。すると、茅秋の時と同じように、いや、それ以上に明るい光が紫を包み込んだ。
派手に斬りつけられたせいで、血が大量に出ている。光は傷口に集まったと思うと、傷口は塞がっていた。その間に、男性が急いで輸血をする。幸いにも同じ型の人が見つかり、血を提供してもらえた。
そして、光が晴れるとゆっくりと目を開けた。
「……葵、と、茅秋…?」
「そうだよっ!大丈夫!?」
「おまえ、血がすげぇ出てたんだからな!心配させんなよな…」
「へへっ、負けちゃった」
いつも通りヘラヘラと笑う。しかし紫の目は笑ってなどいなかった。紫の綺麗な蒼い目は、深く澱んでいた。それはまるで、試合に負けた悲しさ、悔しさを堪えているようにも見えた。こんな時にまで無理して笑顔でいて欲しくない。そう思って俺は紫を抱きしめた。2人はびっくりしているようだったが、気にもとめなかった。
「お願いだから無理すんな…ほんとに、ほんとに心配したんだからな」
「……やだなぁ無理してへんのに」
少しの間、沈黙が流れる。そんな中、茅秋が口を割った。
「ちょっと待っててくれ!」
そう言って何処かへ言ってしまった。
茅秋は5分ほど経ったら戻ってきた。隣に対戦相手を連れて。紫がこんな時にわざわざなにを思って連れてきたのか、俺は少しイラつきを覚えた。
すると、茅秋が相手の後頭部を鷲掴んで頭を下げた。
「こんな時に連れてくるのもなんだけど…ごめん!謝らせないと気が済まなくて…。こいつ、俺の従兄弟で…。ほら、お前も謝れ!」
「……さっせんした」
「おい!ちゃんと謝れ」
そう言った茅秋の顔からは笑顔が消えていた。普段から笑顔を振りまいている茅秋のこんな顔を見るのは初めてだった。そして従兄弟、という事実に俺と紫は顔を見合わせた。
「まぁ、俺も何ともないし、気にせんでええよ」
「紫、まじごめん。こいつ、熱くなると止まらねぇタチでさ…。ちゃんと言っておくから」
茅秋の顔にはいつもの笑顔が戻っていた。隣に不貞腐れたような表情で対戦相手が立っている。
茅秋の隣に立っている彼は、よく見るととても整った顔立ちをしている。褐色肌に映える真っ赤な瞳に、深い赤髪は茅秋にソックリだ。しかし、つり目の茅秋とは対照的にタレ目でおっとりしたような印象を与える。右目には火傷のあとが目立つ。
「そんなことより、自分強かったなぁ!よかったら友達にならへん?」
そう言って紫は手を差し伸べた。先程まで目の前の彼のせいで死にかけていたのに、紫らしい、としか言いようがなかった。相手も手を差し伸べ、握手がかわされた。
そう思ったのもつかの間、紫はその手を引っ張って立ち上がり、相手に背負い投げをした。いきなりの出来事に俺と茅秋は空いた口が塞がらなかった。
「あースッキリした。なにしてくれてんねん!痛かったんよ!?」
そう言うとベットに座り直した。ほんとにスッキリしたようで、その顔は晴れ晴れしている。
一方で背負い投げをかけられた彼は座ったまま呆気に取られている。10cm以上も差がある相手に突然背負い投げをされたのだ。誰だってそうなってしまうだろう。
「痛かったのはほんまやけど、こんなん冗談やって!」
そう、ケラケラと笑いながら手を差し伸べる。彼は恐る恐る手を伸ばす。立ち上がった彼の後ろで、茅秋が怖いくらいににっこり笑っているのが横目に見えた。それを見たのか、彼は紫に渋々謝った。
「…さっきはすみませんでした。久しぶりにカラダを動かせて、楽しかったのでつい…5年の河合紅樹です」
「まー、楽しいのはわかるわぁ。でも、ほどほどにな?俺は紫。よろしくな」
そう言ってまたケラケラと笑う。
「ま、このことは一件落着ってことで!さ~観戦に戻らん?」
「そうだな。他のヤツらのも見たいしな」
そうして、一件落着?したところで俺達は観客席に戻った。後ろで茅秋に怒られたのが悲しかったのか、まるで捨てられた子犬のようにしょんぼりとした紅樹を置いて。
「ほら、もう怒ってないから。お前も行くぞ」
「…うん!」
そしてそれからも試験は続いた。様々なタイプの悪魔や武器を使いこなして戦っている姿はとてもかっこよかった。いつか戦えたら楽しいのだろうな、と思いながら観戦していた。
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