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08話 対面
「__い!__おい!__葵!」
俺を呼ぶ声がした。起きようとしても身体が重くて起き上がることが出来なかった。朦朧とした意識の中、目をゆっくりと開ける。
「葵!よかった!目を覚ました…もう目開けへんかと思ったわ…」
「お前、倒れる前のこと覚えてんのか?」
いまいち自分の置かれている状況が理解出来なかった。周りを見渡すと白いカーテンで覆われている。ベッドで寝ていることからここは保健室だろう。
所々抜け落ちている記憶を探る。しかし、授業で悪魔を召喚したところまでしか記憶が無い。
ようやく意識がハッキリしてきたのでベッドから起き上がった。
「俺は、何でここにいるんだ?」
「お前、覚えてねぇの?なかなか体育館から出てこないから見に行ったら倒れてたんだよ。何があったんだ?」
言われてみれば、俺は倒れてしまったのかもしれない。ただ、どうして倒れたのか思い出すことが出来なかった。
俺が思い出そうと考え込んでいると突然頭痛に襲われた。痛みは勢いを増していき、体勢を普通に保っているのが困難になった。頭を抱え蹲る体勢をとる。心配してくれた2人は不安そうな顔で背中をさすってくれた。
その時ふと茅秋が声を荒らげた。
「おい、葵。身体から黒い霧みてぇなの出てるぞ?!」
「アッほんとだ。葵、無理してへん?」
そう、声をかけてくれた気がした。しかし俺は周りの声が聞こえないほどの痛みに襲われていた。
頭には知らない声が響く。
僕だよ。僕だよ。忘れちゃったの?
さぁ、力を貸して。
はやく。僕とお話しよう?
俺の身体は痛い、痛いと、悲鳴をあげている。何も考えられないほどに、その痛みはまるで心臓を握りつぶされるかのように。肺を焼かれるように。俺の身体を蝕んでゆく。
「ああああああああああああ!」
俺は我慢ができずに叫んだ。叫んで、叫んで。すると俺の身体から出ていた黒い霧は人の様な形を成していき、あの時のように、しかし、あの時とは違うちゃんとした形あるものになった。
そいつが現れた途端痛みはゆっくりと、何事も無かったかのように引いていった。叫び声を聞いて来たのか、恐らく保健医が扉をガチャガチャと動かしている。しかし物体から伸びている霧がドアを抑えているようで開けることは出来なかった。
霧は人へと変わっていった。そして俺の気も知らないでへらへらと言った。
「やぁ、初めましてぇ僕の主様♪」
いきなり霧が人になったり浮いていたりと俺達は目の前に起きたことを把握出来ずにポカンとしていた。
頭には角が生え、足元にまで伸びる海のように深く青い長い髪。そして真っ赤に燃える炎のような瞳はまるで宝石のよう。吸い込まれていきそうだった。
その人間とはかけ離れた美しい容姿からは神々しさと共に禍々しさもあった。
「あれ、どうしたのぉ?ビックリしすぎて固まっちゃったぁ~?」
その喋り方はなんとも人を煽っているようで心底ムカつく。
「お前、誰だ?」
「そうだよねぇわからないよねぇ…!だって初めましてだもんねぇ。僕は昔から君のことを知ってるよぉ」
俺は心当たりがあるはずもなく、頭をひねっていた。
「初めましてってんなら名乗るのが普通じゃねぇのか?」
この部屋のなんとも言えない神妙な空気を遮ったのは茅秋だった。
「ていうかぁ、さっき葵を苦しめてたのは自分なん?せやったら許されんことやで?」
紫も、茅秋も目の前の得体の知れない者に明らかな敵意を向けていた。二人の目はまるで獲物を狩る獣のようだった。
「まっ、まぁ今は平気だし…な?落ち着けよお前ら」
俺がそう言うと渋々と引き下がった。
俺は目の前にいるこいつの事は全くわからない。しかし相手は自分のことを知っていると言う。もしかしたら俺が忘れているだけかもしれない。でも、こんな得体の知れない者など、一度会ったら忘れようにも忘れられない気がする。
「随分と悩んでるみたいだねぇ。僕のことを教えてあげるよ。僕はね、悪魔なんだ!流石に見てわかるよね?ねぇ主。主は、昔自分の体質について不思議に思ったことは無いかい?」
目の前にいるこいつ__悪魔と言ったか__は早口でまくし立てる。
体質。俺は昔から怪我の治りが早かった。骨折くらいなら2、3日あればすぐに治った。もしかしたらそれの事なのだろうか。俺はポツリと言葉を漏らした。
「怪我…」
「だぁいせーかぁーい!!」
悪魔は突然に大きな声を出した。答えを言ったつもりでは無かったのだが、あっていたようで嬉しそうに空中でクルクルと回っている。
「主には治癒力があるんだぁ。それは僕のチカラ。昔主は僕と契約をしたんだよぉ。主、自分の身体から刀が出せるでしょぉ?それも僕のおかげ♪」
色々なことを一気に言われても理解ができない。治癒力?契約?そんなことをした覚えなど無かった。戸惑いを隠せないのは二人も同じなようで、信じられないという顔で見てきた。
信じられないのは俺自身だ。急に出てきて昔から知ってる?そんなの言われても信じられないじゃないか。
戸惑っていると、悪魔は「見せた方が早いかなぁ」とボソッと言うと俺の方を向いた。
「しっつれいするねぇ。見せた方が早いもんねぇ!」
そう言うと俺に手を向け何かを引き抜くような動きをした。すると先程と同じような霧が俺の身体から出て、今度は人ではなく一振りの刀となった。そしてそれを容赦なく俺に振り下ろした。
あまりに突然の事で俺は腕で遮ろうとした。腕が少し斬れる程度で済むだろうという考えは甘かった。
「「ヒッ!」」
茅秋と紫が叫んだのもつかの間、刀身は俺の腕をまるで料理でもするかのように軽く斬り落とした。
頭が真っ白になった。自分の手を見てみると咄嗟に前に出した右腕の肘から下が消え失せていた。斬れた腕からは噴水のように、いや、それよりも激しく、マグマのように血が溢れ出している。
真っ白な保健室のカーテンや壁は、鮮血で一瞬で血の海に染まった。
不思議なことに痛みはなかった。それは恐怖のせいで痛みがないのか。それとも、これこそ悪魔の言う俺の体質なのか。それは分からなかった。腕が無くなったことに対する恐怖心も無くなっていた。
二人は死人のように青ざめた顔で俺の血を止めようと保健室内を漁っていた。
「待ってろ今何か血を止めるもん探してるから…ッ!!」
「ほんま、無理せんといてなっ」
なんて優しいのだろう。そう思った。スラム時代なんて怪我をして当たり前のことだったから心配してくれる人なんていなかった。こんな状態なのに、二人が必死に探してくれているのに、俺はなんて幸せなのだろう、と人の温かみを感じていた。
「ほらぁ。お二人さんちょっとおいでぇ。面白いものが見れるよぉ?」
そう言って黒い霧を使って二人を俺のところまで引きずってきた。
「なにすんだよ…ッ」
「いいからぁ。斬られた腕を見ててごらん」
そう言うと俺の腕から黒い霧が現れた。それは悪魔が出てきた時のように形を成していった。今度は腕の形に。そしてそれは骨に、細胞に、血に、筋肉に、皮膚に、元の腕へと戻って言った。
切断された部分を見ても縫いあとはない。腕も自由に動かせる。それはまるで腕だけ過去に戻ったかのようだった。
切り落とされた腕見ると灰となり、消え失せていた。
「「うっ、腕が生えた…」」
二人は今にも目が飛び出そうなほど驚いている。本当に大丈夫なのか、と俺の腕を触りまくっている。俺は、大丈夫と言って止めさせた。自身に触れる他人の温かみがくすぐったかった。
「さぁ、わかったぁ?僕は主が小さい時に契約した悪魔。そして、僕のチカラ。は“治癒”主の役に立てるよぉ。ああ、言ってなかったね!僕の名前はマルルスだよぉ」
マルルス、と名乗った悪魔はそれだけ言うとまた黒い霧と化して消えていった。
保険室内に飛び散った血と腕だった灰を見て、俺たち三人はため息をついた。
片付けどうしよう。
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