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09話 四匹
俺達は俺の血で汚れた保険室内を掃除していた。
漂白剤を使っても血のついた布類は綺麗にならなかった。これはもういっそ先生に正直に話した方が良いのではないか、なんて思ったりもした。
今の状況は、まるで殺人現場の後処理をしているようで気分が悪かった。誰も喋らずに黙々と作業している。この重たい空気がさらにそういう雰囲気をにおわせる。茅秋と紫も、決して顔色がいいとは言い難い。
この掃除、楽に終わらないかな、と考えていたその時だった。
あの…私で良ければ力をお貸ししましょうか。
そう、頭に響いた。マルルスが話しかけてきた時とは違う、なにか落ち着く優しげな声だった。もしかしたら呼び出した悪魔との契約が成功していたのかもしれない。
この重々しい空気から逃れるために、藁にもすがる思いで“手伝ってくれ”と心の中で答えを返した。
すると、先ほどのように身体から霧が出てきた。この演出はどうにかならないものなのか。今度出てきたのはマルルスとはまた雰囲気の違った悪魔だった。おそらく契約は成功していたのだろう。
「初めまして我が主。私は“カミナリ”を操る悪魔オルルスと申します。先程は愚弟が失礼をしたようで…心からお詫び申し上げます」
とても礼儀の正しい悪魔だった。長いストレートな髪を一つにまとめ、着崩すことなく真っ白なスーツを着こなしている。
「ああ、気にしないでいいよ。それより、力貸してくれんだろ?」
「はい。私は主の手となり足となります。どんな事でもご命令ください」
「そんなかしこまんなくていいって…。とりあえずこの部屋、元の白さに出来るか?」
「お安い御用でございます」
そう言うとオルルスは手を合わせ、何かを呟いた。すると黒い霧が部屋全体を覆った。
「うおおっなんだこれ!」
「って、そいつもう一人の悪魔?葵、使えるようになるの早ない?」
急に暗くなった部屋にビックリしているようだった。
霧が引いていくとそこには元通りの真っ白な保健室に戻っていた。こんなことができるのだったら始めからそうしておけばよかった。俺達の苦労が報われない。
「ん……?なぁ、お前さっき愚弟って言わなかったか?」
「はい、言いました。マルルスは私の弟でございます」
「ええ!じゃあもしかして俺、悪魔兄弟従えてるってこと?世界は広いんだか狭いんだか…」
とても賢そうで真面目な兄と、能天気で遊んでいそうな弟。それはあまりにも歪で。お互いにないところを補い合っていると言えば聞こえはいいのかもしれない。
「そう言えば、お前らも悪魔いるんだろ?オルルスが片付けてくれたし、少し休まないか?」
「そうだな、そうすっか!」
掃除用具を片付け、保健室にある机を囲むように椅子に座った。俺の背後にはオルルスがいる。二人が悪魔を呼び出したらマルルスも呼んでやるか。
「なぁ、葵はどうやって悪魔を呼び出したん?呼び出そう思っても呼び出せないんやけど」
「なんか俺の、頭の中ですっげえ“出せ、出せ”って言ってんだけど…」
2人とも厄介そうな悪魔のような気がする。
「んんー。俺は比較的勝手に出てきてるからなぁ。オルルスも掃除手伝ってくれるっていうから出ておいでって思っただけだし…」
二人は目を閉じた。精神統一して呼び出すつもりらしい。
俺は待ってる間オルルスに悪魔について聞くことにした。
悪魔は一匹ごとに“個性”がある。マルルスは治癒能力、オルルスはカミナリを操るというような感じだ。個性は個体によって違うらしい。全く同じ、というのは有り得ないそうだ。
悪魔には特徴がある。マルルスやオルルスもそうであるように、角があること。真っ赤に燃える炎の様のような瞳を持っていること。海よりも深い真っ青な髪であること。髪が長いこと。長さは個体差があるが大体は腰から足元らしい。
しかし中にはその特徴を持たない者もいる。その者達は俺たちでいうヤンキーのようなもので、異端者扱いされる。特徴__悪魔であるという最大限の目印__を持たないその者は悪魔界の政府によって言動を監視される。政治に反論をしようものなら即刻処罰されるらしい。
そんな話をしていると、二人の身体から霧が出てきた。マルルスやオルルスが出てきたように、霧は人の形へとなり、2匹の悪魔が現れた。
「はぁー。やっと出てこれた。主ぃ、出せって言ってたじゃねぇか。おっせぇなぁ」
赤い髪の悪魔が言う。
「主、遅すぎです。こんな人、才能あるんですかねぇ」
短髪の悪魔が言う。
どこからどう見てもさっきオルルスが言っていた悪魔の特徴に当てはまっていない。茅秋も紫も面倒くさそうなのに当たったな、と哀れんだ。2人とも唖然としている。
やっぱり悪魔界でも異端者は性格がよろしくないようで、2匹でギャーギャー喚いていた。
俺はとりあえずマルルスを呼ぶことにした。
「はーい!マルルスだよぉ。主、どぉしたのぉ」
「俺の友人だ。お前にも二人の悪魔と会わせようと思ってな」
「ふ~ん。あいつらかぁ」
マルルスはオルルスを見つけると、お兄様ー!と叫びながら飛びついた。オルルスは慣れているようで、諦めたような顔でされるがままになっている。
マルルスはふと2匹の悪魔を見つけると大声を出した。
「ああー!異端者!処罰しなきゃいけないじゃん」
「げっ政府のやつじゃねぇか」
「大丈夫ですよ、フォル。ここは人間界。私たちを縛る条約なんてありませんからねぇ」
フォル、と呼ばれた茅秋の悪魔とニヤニヤしている紫の悪魔は処罰されずに済んでホッとしているようだった。
それにしてもマルルスの事をフォルは“政府のやつ”と呼んだ。オルルスに聞いた話からすると.マルルスは相当序列が上位の悪魔のようだ。その兄であるオルルスはもっと上位なのだろうか。
悪魔同士の険悪としたムードをどうにかしたくて茅秋が提案した。
「まぁ、とりあえず落ち着いてさ、自己紹介とかでもしようぜ?」
その一言で自己紹介が始まった。
「じゃあ、俺から…」
「はぁ~い。主の悪魔、マルルスだよぉ。僕のチカラは“治癒”でぇす。よろしく~」
「オルルスと申します。私のチカラは“カミナリ”でございます。愚弟の度重なるご迷惑、お許しください…」
「じゃあ、次俺な」
茅秋の悪魔は顔立ちの整った悪魔だ。本来青いはずの髪を真っ赤に染め、生え際が青くなってきている。一つに」°結んでいるその髪はとてもサラサラだ。服装も比較的ラフでパーカーにジャージ、というとてもシンプルなものだ。
「あー、めんどくせぇ…俺はフォル。“窃盗”のチカラだ」
かなりぶっきらぼうな性格のようだ。従兄弟のタメ口が直らなくて目上の人にはちゃんと敬語を使わせるよう教育した、という茅秋だ。おそらく数ヵ月後にはきちんとした態度になっていることを願おう。
「最後は俺やな!」
紫の悪魔ははっきり言ってズル賢そうな顔だ。おかっぱの髪は綺麗に整えられている。いわゆるゴスロリ、というものだろうか。レースが施された純白のセーラー服のようなものを着ている。一見黙っていればおぼっちゃまに見えなくもないが、ニヤニヤしているせいでどう見ても詐欺師のようにしか見えない。美形なのだからきちんとしていればいいのに。
「私はオセリーと言います。“色欲”のチカラを持っています。色欲の応用で“変身”も使えますが…主に使いこなせますかねぇ?楽しみですね~」
相変わらずニヤニヤしながら喋っている。紫も強いから恐らく人を下に見てはいけないことを身体に分からせる気がする。物理的に。
倒れてしまった俺もすっかり元気になった。俺達は4匹の悪魔と共にこの後の授業をサボることにした。
ワイワイと騒がしいけど、楽しいこの時間が、いつまでも続けばいいと、そう願っている。
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