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19話 紅樹

    僕はとある街のスラムで生まれた。貴族と娼婦の間に生まれた僕は、妾の子として父親に捨てられた。

    母親が住んでいたスラムで、僕は育てられた。不衛生な場所で僕を育てるのは大変だったと、後に母親から聞いた。

    僕が5歳くらいの時だったかな。母親の姉というヒトと、その子供に会った。その子供がにぃ、閼伽磐茅秋だった。

    僕達は直ぐに仲良くなった。毎日のように遊んだ。にぃといる時はとても楽しかった。
 


    ある日、母親が死んだ。身体を売ってお金を得ていた為、性病が原因だった。不思議なことに、涙は出なかった。

    それはきっと、にぃがいたから。

    それから、僕はにぃの家族にひきとられた。毎日をにぃと過ごせて嬉しかった。

    それから1年後、にぃの母親も死んだ。僕達は身よりもなく、独りぼっちになった。

    でも、お互いがいたから平気だった。
 


    それから、お金を稼ぐためには何でもした。

    人を殺した。

    物を盗んだ。


    始めは怖かったけど、にぃがいたから平気だった。

    にぃの背中が、大丈夫、と語っていた。

    殺すのも、盗むのも、にぃが率先してやってくれた。僕に、見てろ、とだけ言って全部にぃがやった。
 
 生きるために、にぃは寝ないで夜も働いていた。
 
 僕はただ見ていた。

    僕達2人の噂は直ぐに広まった。小さい男の子2人組の暗殺者がいるぞ、と。

    そんな噂が流れるにつれ、僕達が襲われる頻度も増えてきた。

    寝ている間に殺されかけたこともあった。

    大の大人に捕まって、犯されかけたこともあった。

    それに、ただ自分達で殺しや盗みをするだけでなく、そういった依頼も来るようになった。

    依頼されたことをやれば沢山お金が手に入った。

    それからは僕も手を汚し始めた。

    それでも、僕の前からにぃの背中が消えることは無かった。

    いつでも、にぃと一緒だった。
 


    そんな殺し屋として腕を上げていた頃、戦争への強制参加が決まった。

    その頃にはもう、僕は1人で生きていけるくらいの腕にはなっていた。

    僕が11歳、にぃが12歳の時だった。

    その時はやってきた。僕は殺しを始めた時ににぃに貰った小刀と、支給されている武器の中からナイフを持って参加した。

    戦争が始まると、にぃの背中が見えなくなった。

    ても、殺さなきゃ、死んじゃう。

    死にたくない。笑顔でにぃに会うんだ。

    そう思うと自然と足が動いた。

    自然と手が動いた。

    僕は殺した。

    殺して。

    沢山の人の命を奪った。

    僕のせいで最愛の人を亡くした人もいるかもしれない。でも、それは僕のせいじゃない。自分が弱かったからいけないんだ。

    戦争は直ぐには終わらなかった。

    2、3日経つと、にぃがいないという状態に慣れてきた。

    2、3日経つと、もう人を殺すことに対しての抵抗などどこにも無かった。

    きっと、僕は楽しかったんだ。

    人の命を奪っていくことが。

    こんなにも僕の行動一つで運命が決まってしまうんだと思った。


 

    戦争が終わったその日

    僕は我に返った。

    嗚呼、なんて取り返しのつかないことをしてしまったんだ。

    嗚呼、僕はなんで笑顔で人の命を奪っていたんだ。

    僕はその時には既に壊れてしまっていたんだ。

    にぃと合流した時、僕は涙が出た。

    僕は自分が生きる為に人の命を奪ってしまった。

    「お前には荷が重すぎたのかもしれねぇな」

    「今度から俺が1人でお前を育てる」

    「だからお前は何もするな」

    「ただ、家で俺の帰りを待っていてくれ」

    そう言ったにぃの言葉は暖かかった。

    それから僕は人に会うのを極力避けるようにした。

    仕事の依頼も、全てにぃが変わりにやってくれた。

    僕は、人と会うのが怖くなってしまったんだ。


    それは、終戦のあの日から数年の月日が流れ、誰とも会うことなく、平和に暮らしていた日のことだった。

    ポストなどないスラムの家に、1通の黒い手紙が置かれていた。


    スラムでの生活はいかがでしょうか。きっと、お兄様と楽しくお過ごしのことでしょう。
    私は、岬神学院の理事長を努めさせていただいています。
    学園の教師ともども、貴殿を我が学院に迎えたいと思います。もちろん、お兄様もご一緒に。
    この手紙が届いた日から1週間以内に、学院の者が迎えに上がります。
    どうぞ、身の回りの整理などをしてお過ごしください。

    岬神学院理事長


    そう、書かれた手紙だった。

    手紙が何も言っているのか理解することなく、ただ手紙に従った。

    にぃにも一緒なら、と思うと何故かこの手紙への不信感は生まれなかった。

    そして、手紙の通りに黒いスーツを来たヒトが僕達を迎えに来た。
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